「以前より立ち上がるのが大変そうになってきた……」
「トイレや車椅子への移乗で、介助する側の力が必要になってきた……」
「転倒が心配で歩行器を使っているけれど、身体の機能も維持していきたい」
脳梗塞の後遺症による片麻痺がある方のご家族や、在宅生活を支えるケアマネジャーさんから、このようなお悩みを耳にすることがあります。
立ち上がることは、私たちが普段何気なく行っている動作です。
しかし片麻痺がある方にとっては、筋力だけでなく、体幹の安定性や重心移動、バランスなど、さまざまな要素が関係する非常に複雑で難しい動作です。
そして、立ち上がることが難しくなると、トイレや移乗、移動など、日常生活のあらゆる場面に影響が及びます。
訪問施術の現場では、単に「立てるか、立てないか」だけを見るのではなく、「その方が持っている身体機能を、日常生活の中でどのように活かせるか」が何より大切になります。
今回は、片麻痺のある方の臨床における実際の取り組みを交えながら、立ち上がり動作と体幹機能、転倒予防、そして自立支援について詳しく解説します。
1. なぜ片麻痺があると立ち上がりが難しくなるのか?

立ち上がりという動作は、単に「脚の力で身体を持ち上げる」だけではありません。
椅子に座った状態から立ち上がるまでには、①身体を前方へ移動させ、②足裏で体重を支え、③股関節や膝関節を伸ばしながら姿勢を安定させるという一連の協調運動が必要です。
立ち上がりには「体幹の働き」が欠かせない
例えば、椅子に座った状態で、上半身を後ろに倒したまま立ち上がろうとしても、お尻を持ち上げることはできません。
立ち上がるためには、身体を適切に前方へ移動させ、足で体重を支えられる位置へ重心を移す(重心移動)必要があります。その際に重要なのが、骨盤を起こし、体幹を保つ働きです。
脳梗塞後遺症による片麻痺がある場合、体幹の姿勢を保持することや、左右のバランスを調整することが難しくなるため、重心を前に運ぶこと自体が困難になります。
麻痺側の脚に体重を乗せにくい
片麻痺がある方は、無意識に麻痺のない側(健側)の脚だけに頼って立ち上がろうとします。
もちろん、健側の力を活用することも大切です。
しかし、麻痺側の脚に十分な荷重ができないと、立ち上がった後の姿勢が不安定になり、移乗時や立位保持で大きな介助が必要になってしまいます。
そのため「体幹の保持」と「麻痺側への荷重を含めた左右のバランス」にも目を向ける必要があります。
2. 立ち上がり訓練は「座っている姿勢」から始まっている

私が片麻痺のある方の立ち上がり動作を確認するとき、最初に見るのは「体幹」と「座り姿勢(座位)」です。
特に重視しているのが、「骨盤を起こして、体幹を保持できるかどうか」です。
骨盤が後ろに倒れて背中が丸まった姿勢(円背)では、身体を前へ滑らかに倒すことができません。
実際の訪問現場では、いきなり「立たせる練習」をするのではなく、座った状態でのアプローチから組み立てています。
アプローチ①:座位で背筋を伸ばす訓練(姿勢保持)
まずは座った状態で骨盤を起こし、背筋を伸ばして姿勢をキープする訓練です。
- 実際の訓練例:30秒間の姿勢保持 × 2セット
- 目的:単に見た目の姿勢を良くすることではなく、体幹を起こした感覚を身体に意識させ、次の重心移動へつなげる準備を整えます。
アプローチ②:座位で身体を前に倒す訓練(ヒップヒンジと重心移動)
次に、背筋を伸ばした状態を保ちながら、股関節を中心に上半身を前へ倒す動作を練習します。
- 実際の訓練例:前傾動作5回 × 3セット + 前傾姿勢の5秒キープ × 5セット
- 目的:立ち上がりに必要な「前方への重心移動」を、座位で姿勢を確認しながら練習します。
アプローチ③:体幹の回旋と左右への荷重
背筋を伸ばした状態で上半身を左右に回す運動や、座った状態で片脚ずつ膝を持ち上げる運動を行います。
- 目的:健側の膝を持ち上げる際、体幹を保ちながら「麻痺側のお尻にしっかりと体重を乗せる」感覚を養います。麻痺側の膝上げやつま先上げについても、状態に合わせた介助を加えながら取り組んでいます。
3. 立ち上がり動作の介助:「立たせる」より「自分で立つ動き」を引き出す

座位での準備運動を終えたら、実際の立ち上がり訓練へ移ります。
ここで最も大切にしているのは、「施術者の腕力で身体を持ち上げない」ことです。
※以下は、実際に担当している方の身体の状態を評価したうえで行っている訓練の一例です。すべての片麻痺の方に共通する介助方法ではありません。
介助量を段階的に減らしていくステップ
ご本人が持っている力をできるだけ引き出し、立ち上がるための身体の使い方を再学習していただきます。
- 初期段階:両手を支えながら、立ち上がりの軌道を誘導
- ステップアップ:健側の手を中心とした支持へ移行
- 介助量の軽減:身体を引っ張るのではなく、前方への重心移動と膝関節の伸展方向を指先で軽く誘導する程度へ
【ご家族への注意点】
片麻痺がある方の腕を無理に引っ張る介助は、麻痺側の肩関節脱臼や強い痛みの原因になります。
ご家族が自己判断で無理に引っ張ることは避け、必ず専門職に安全な介助手順を確認してください。
細かな動作の正確さ「だけ」を求めない
動作分析の視点からは改善すべき点がたくさん見つかりますが、すべてを一度に指摘することは避けています。
細かく注意されすぎると、ご高齢の方にとっては大きな心理的負担になり、「動くのが嫌」になってしまうからです。
身体を専門的に評価することと、ご本人に高い課題を要求することは別です。
「今日も気持ちよく身体を動かせた!」という達成感や楽しさを感じていただくことこそが、継続の最大の秘訣です。
4. 歩行器で歩けることと、身体機能を維持できていることは別の視点

私が担当している方も、以前は転倒が多かったため、前腕支持型の歩行器を提案したケースがあります。
歩行器の導入後、転倒する回数は明らかに減りました。
一方で、居室内での転倒は現在も続いています。
その背景には、ナースコールで介助を求めず、ご自身でトイレへ行こうとする場面があることも関係しています。
このように、歩行器の導入後に転倒が減ったとしても、生活のあらゆる場面で転倒を防げるわけではありません。
転倒予防を考える際には、身体機能や福祉用具だけでなく、実際にどのような場面で転倒しているのかを確認することも重要です。
そして、この方にはもう一つ、歩行動作について気になる変化がありました。
歩行器を使う場合と使わない場合の違い
前腕支持型歩行器は、前腕で身体を支えながら歩ける福祉用具です。
私が担当している方も、歩行器を使用した歩行は徐々に上達していきました。
しかし、施術中に歩行器を使用しない状態での歩行を確認すると、以前よりも麻痺側の足を前に出しにくくなっていることに気づきました。
歩行器を使用する場合と使用しない場合では、体幹の保持や重心移動など、身体に求められる働きが異なります。
もちろん、この変化が歩行器の使用によって生じたと断定することはできません。
ただ、歩行器を使った歩行が上達していることと、身体機能全体が維持されていることは、必ずしも同じではないと改めて感じた出来事でした。
大切なのは、「歩行器で安全に歩けているから、身体機能は万全だ」と安心しきってしまわないことです。
「転倒予防」と「機能維持」の両立
福祉用具で日常の安全を確保しつつ、リハビリや施術の時間には手すりを使った歩行練習を行い、本来の身体機能をしっかり使い続ける。
この「守り(安全)」と「攻め(機能維持)」のバランスを両立させることが、訪問ケアの大きな役割です。
※なお、歩行器を使用しない状態での歩行確認は、転倒を防ぐため、私が身体を支えられる位置で介助しながら行っています。
5. ご家族・ケアマネジャーさんに知っていただきたい日常の観察ポイント

片麻痺のある方の身体の変化は、週に数回の施術時間だけでは拾いきれません。
毎日の生活を見守っているご家族や施設スタッフさん、ケアマネジャーさんからの情報が何よりの手がかりになります。
日常の中で、ぜひ次の変化に目を向けてみてください。
- 以前より椅子から立ち上がるときの介助量が増えていないか
- トイレや車椅子への移乗で、支え方に違和感がないか
- 歩行器での移動中、足の運びやすり足、前かがみ姿勢が強くなっていないか
- 立ち座りのふらつきやヒヤリハットが増えていないか
- 身体を動かすことへの恐怖感や、疲労感が目立っていないか
日頃のケアで気になる点があれば、担当のケアマネジャーさんや私たち訪問施術者へぜひ共有してください。
※急な変化への注意
急に麻痺が強くなった、呂律が回らない、片側の手足に力が入らなくなった、などの症状が見られた場合は、新たな脳卒中の可能性があります。訓練を中止し、直ちに119番へ連絡してください。
症状が一時的に改善した場合でも同様です。
6. 同じ片麻痺でも、必要なアプローチは一人ひとり違う

脳梗塞後遺症による片麻痺といっても、身体の状態や日常生活で困っていることは、一人ひとり異なります。
- 麻痺側の腕が動かしにくく、着替えに困っている方
- 脚の筋力だけでなく、体幹の保持や重心移動が難しく、立ち上がりの介助が必要な方
- 意欲は高いものの、関節の拘縮や痛みがブレーキになっている方
同じ「立ち上がりが難しい」という問題であっても、何が動作を妨げているのかによって、必要なアプローチは全く変わります。
さらに、ご本人の現在の体力や訓練への意欲によっても、取り組むべき段階は異なります。
だからこそ私は、「片麻痺だからこの訓練をする」と型にはめるのではなく、「今、この方が生活の何に困っていて、その背景にどのような身体の問題があるのか」を丁寧に見極めるようにしています。
専門的な動作分析や評価を行うことはプロとして不可欠です。
しかし、その評価をもとに、「今のご本人にとって本当に必要なことを選び、無理なく楽しめる形にして届けること」も、同じくらい大切にしています。
7. 全部できなくてもいい。「自分でできること」を一つでも

片麻痺のある方の機能訓練は、「何でもかんでも1人でできるようになること」だけが正解ではありません。
例えば、目指す変化としては次のようなものがあります。
- 立ち上がりの介助量が半分に減る
- 車椅子への移乗で、自分の足で一瞬踏ん張れる
- トイレの立ち座りに、ご本人が参加できる
こうした小さな変化が、ご本人の『自分で動けた』という自信や日々のQOLにつながることがあります。
また、介助するご家族や介護スタッフさんの身体的な負担を考えるうえでも、大切な意味があります。
「頼れるところは周囲を頼りながら、できる部分は自分の力で行う」
その小さな自立の積み重ねを支えるのが、私の訪問施術の目標です。
おわりに|立ち上がることの先にある生活を見る
立ち上がるという動作は、それ自体がゴールではありません。
ベッドから起きて車椅子へ移る。
トイレへ行く。
食卓へ座る。
窓の外の景色を見る。
立ち上がりは、「その人らしい一日を過ごすためのスタートライン」です。
だからこそ私は、単に筋肉をほぐすだけでなく、体幹、重心移動、日々の介助方法、そして「ご本人がどんな生活を送りたいか」に寄り添いながら施術を行っています。
「立てるかどうか」だけでなく、「立ち上がることで、その方の生活に何が生まれるのか」。
そんな視点を大切にしながら、これからもご本人・ご家族・ケアマネジャーさん・施設スタッフさんと一緒に、できることを探していきたいと思います。
この記事がお役に立てれば幸いです。
それではまた。
※本記事は訪問施術における実際の臨床経験と一般的な動作分析に基づいた見解です。身体の状態や変化には個人差があります。介助方法や訓練は、担当医や専門職とご相談の上で安全に行ってください。
まずはお気軽にご相談ください
※施術中や移動中は電話に出られません。折り返しお電話させて頂きます。


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